フィリピン式の結婚式

カップルが結婚生活を始める前に、共に切り抜けなければならない試練があります。・・・・・そう、結婚です。

大げさに聞こえるかもしれません・・・、しかし、本当なのです!

一般的に言うと、このような重大なイベントの計画をするという骨の折れる段階を除けば、婚約中の2人は結婚式における長い歴史によって絡み合った数多くの儀式に注意深くあらねばならないのです。フィリピンにおいては、まさにそうなのです! 数多くのしきたりが、フィリピン人がどれほど縁起をかつぐのかを示す絶好の現れになっているのです。些細と思われることから面白い習慣まで様々ですが、彼らにとっての重要さが私にはあまり理解できないのも確かです。

何億兆もの信念が結婚式にまつわって絡み合ってきたことを列挙してみましょうか。 しかし、手間をちょっと省いて、フィリピン人にとって最も共通な結婚式における儀式、"pamahiin" (意味: 迷信)(タガログ語) を紹介してみましょう。 これらは現代文明の時代にも生き残ってきたものですから。

1. 花嫁ドレスを試着しない


実際に着て試したりせずに、どのようにして花嫁はドレスが自分に合うことを確かめるのでしょう? この質問を何度か保守派の親族に投げかけたことがあります。どうやら、 もうすぐ花嫁になる人が試着してしまうと結婚をやり遂げることが必ずできなくなると信じられているようなのです。

うーん、もし最後に怖気づいたときはこれを試してみて、本当に効くかどうかを試してみるのもいいかもしれませんね。

2. 結婚式のプレゼントに尖ったものを贈らない


ナイフのような先の尖ったものは "壊れる・切り裂く・終わらせる" を象徴します。 私は個人的にこの妥当性を保障することはできませんが、私が出席した結婚式においては新婚夫婦にナイフや剣のようなものをプレゼントした出席者を聞いたことがありません。

ですから、安全側を取ることにして通例で実用的な結婚式プレゼントするようにしましょう。

3. 光の灯ったろうそくはカップルの命を表す


花婿であっても花嫁であっても、先に消えたろうそくは相手より先に死ぬことを示します。不謹慎に聞こえますか?

私も目撃した1人ですが、私の母が必死になって十字架の印を作り、いとこである花嫁の命が消えるのを怖がっていました。 さっきまで光っていた花嫁のろうそくが一陣の風によって消えたのを見て怖がっていました。

ええ、貴方が思うように、まさにその私のいとこはまだ生きていますし、彼女は夫へ家に食べ物を運ぶよう文字通り蹴飛ばしています。おそらく、私の不幸な義理のいとこは家に帰るたびに息をつきながらのろいの言葉を発しているに違いありません。神のお告げが来ることを願いながら。

4. 花婿は教会に先に現れなくてはならない


これは、結婚において災難を避けるためと言われています。

しかし私に言わせれば、男は女に比べて着飾る時間がかからないという説明が理にかなっていると思うのです。 同意してくれますか?

5. 結婚式の前日は会わない


なかなかなくならない伝統として残っているのが、結婚式の前日は絶対にどんなことがあっても結婚する2人が会ってはいけない、というしきたりです。 これもまた、災難を避けるためと言われています。

6. パートナーのつま先を踏みつけることは支配を意味する


競争好きなカップルが相手の優勢に立つのは簡単です。単に相手のつま先を踏みつければよいのですから。 ほら、簡単!?

まじめな話、私はこれを信じていません。 結婚は生存競争ではなくて協調関係であると思うからです。

7. 式の間、花婿は花嫁の前に決して座らない


この説明はシンプルです。妻はやがて夫を尻に敷くことになるのですから。 妻の背中が夫に触れている限り口やかましく小言を言うこともできません。もっともなやり方だと思いませんか? でも、ふと思えば、ほとんどの妻が小言を言うというのはきっと普通ではないですよね?

8. 台所の品々を壊す


私は、これはとてもよい前兆になっている思います。この行為は、長き結婚生活全てにおける幸運の印であると信じられています。

でも、これは注意深く行いましょう。さもないと、最後には食器棚が空になってしまうかもしれないですよ。

9. Sukob (意味: 重なる) (タガログ語) - 兄弟姉妹が同じ年に結婚するのは災難


この信条は全ての悪い前兆の大本のようなもので、ホラー映画にもなっています。もし兄弟姉妹が同じ年に結婚したならば、片方が繁栄する間、もう片方は苦しむことになると言われています。どちらがどちらにもなり得ます。

10. 雨にまつわる正反対な解釈


とある人々は雨を幸運の印であると考え、またとある人々はその逆であると考えます。雨はおそらく多くの子孫を予兆するものとみなされています。 一方で、それはまた荒れ狂った結婚の印であるとも考えられているのかもしれません。

私は皆さんのことはわかりませんが、良いにせよ悪いにせよ、私は晴れた、雲ひとつない日の結婚式が好きです。

ですから、結婚式に批判を受けたくないのであればこれらの習慣に従えばよいのです。

しかしながら、理性的なものであれ不合理なものであれ、結婚の成功は習慣によって図られるものでもないでしょう。 全ては、カップルがお互いにどれだけ相手を愛しているかによるのだと思います。

by nash 2009/11/22
ログイン当サイトのユーザ名(ID)でログイン
クイックログイン:Facebookのアカウントで即時ログイン(ログイン情報保持オプション:ON) / 入会
[日本語] [English] [简体中文] [繁體中文] [한국] [Español] [Português] [Français] [हिन्दी]

© 2008-2018 Matsuesoft Corporation